幼少期にベートーヴェンの『運命』を聴いた時音楽に目覚め、エレクトーン教室に通い始め音楽の初等教育を受ける。
小学5年生の頃ビートルズに影響を受けギターを始め、中学時代には生徒を抱える程の腕前を発揮。この頃より宅録も兼ねてベースも演奏し始める。
大学時代から本格的に音楽活動を始め、京都を中心にライブ活動を開始。東京にもバンドで進出し。元ブルーハーツのドラマー梶氏が率いるバンドのギタリストから依頼され、ギターの指導経験あり。
社会人となり、しばらくは音楽から遠のいていたが、9.11のテロ事件をきっかけに音楽を再開、学生時代より少し嗜む程度だったジャズに本格的に取り組むようになる。
当時は社会人サークル等で活動、ジャムセッションのホストなどを務めるようになり、そのイベントにて50名程の参加者を得るなど好況を博す。他メンバーの転勤等で活動がひと段落した後、各ライブハウスのセッションにて活動をし始め、その腕前を買われ関西の名サックスプレイヤーであった故 古谷光広氏等とのユニットにて高槻ジャズストリートにて華々しくライブ活動を再開する。
その後関西のジャズライブハウスで演奏活動を続けるうちに思うことがあり、ベーシストに転向して活動をし始める。コントラバスを荒玉哲郎氏に支持し、エレクトリックとコントラバスの両刀で関西のジャズライブハウスにて活動する。この活動を通して独学であるが、音楽理論も学び直し譜面等の作成を行い、自己のリーダーバンドでライブ活動を行う。
コロナ禍をキッカケにギターを再開し、コロナ明けの活動からはギターとベース両方の活動を始め、ライブ、セッションホスト、イベント参加など各方面で関西を中心に活躍中。




















