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Staff Blog

更新日:2016.12.24

【いい先生とは】 ~椿音楽教室~

こんにちは!
今回は音楽を学ぶ上でおそらく誰しもが関わる先生という存在について考えていきます。これは自分にも当てはまることですから、自戒の念も込めて書いていければと思っております。最後までお読みいただければ嬉しいです!
音楽の先生と呼ばれる人たちは、世の中にたくさんいます。私たち講師もそうですし、それぞれの地元で教室を開いている町の音楽の先生、音楽高校や音楽大学の講師や教授も当然先生と言えるでしょう。
たくさんの先生が、さまざまな生徒にいろいろなことを教えます。あっていることも間違っていることもそれぞれたくさんあるでしょう。しかし、見方によって何が正解で何が間違いかが変わるのが音楽の特徴の一つですから、一概には言えないでしょう。
では何をもって、いい先生と定義づけることができるのでしょうか。とても難しい問題ですが、その考えうることのできる条件をいくつか考えていきたいと思います。
まず一つは、音楽や楽器に関する知識が豊富なことでしょう。これは、誰もが一致するいい先生の条件の一つでしょう。何の知識もないまま何かを教えることなどできませんし、それをするということは嘘をついていることと同じですから。
もう一つは、音楽を感じる心を持った人でしょう。これも当然ですよね。音楽は学問的な側面はあるとはいえ、やはり美的感覚が大変要求されるものですから、やはりそれをしっかりととらえる感性は持っていないといけません。
そして最も大事な条件、それはそれらをほかの人に分け与える心の広さを持っているかということです。共有ということは一言でいえば簡単ですが、自分が持っている知識や感情を相手と共有するのは、思っているより難しいことです。それを、呼吸するのと同じくらい自然にやってのける人。これが本当にいい先生と言えるのではないでしょうか。
そういう意味では、先生という存在が必ずしも人でなくてはならないということはないのです。たとえば、過去の偉大な演奏家の録音が自分の先生になりえることもあるということです。その場合、受け取る側にも相当な感受性が要求されますが、そういうケースもあってもよいと思います。
音楽を演奏する時に相手に伝える力がないと、いい演奏とはいえませんよね。先生という存在も演奏家と同じく、伝える力が一番大事だと思います。そして、その結果として生徒が音楽に心を開いてくれる瞬間に出会えたとき。それが先生にとって最も喜ばしい瞬間といえるのではないでしょうか。